小説 ― C R I M S O N ― episode6 : 奈落に落ちた土地
C R I M S O N 

〜 Episode 6 〜 奈落  に  落ちた 土地 
the one earth in the bottom

知っているだろうか。

諸君は。

世界は、――イヤ、我々人類と自称する生き物は皆、常に世界に対する強い恐怖におびえながら生活しているという事について、はたして自覚がおありだろうか。――人間の心理、その深きにいたっては長い間解明がなされていなかった。―――いや、解明は出来てはいたのだ。ただ、それを信じようとする人間があまりにも少なく、またそうした行動は神の力の前ではあまりにも無力だったのだ…そして世界は、混乱を恐れていたのである。
――――人間の深層心理、その中のある階層については、偉大なる創造主によって巧妙な細工が施してあることが判明した。ここにその詳細を記したい。だが、それには著書を受け取った諸君の真の意味での理解が必要だ。以下はその序章である。
魔法。幽霊。怪物。異世界の住民。―――こういったものの存在はみな、我々人類にとっては架空のものとして認識される。――なぜなら、これらは科学的思考を持つものが嫌う典型的なイレギュラーそのものだからである。説明できない物に対して最初に為される極簡単な心理的プログラム――しかし、この現象こそが、この既存するシステムこそが、太古の記憶から私たちの脳に刻み込まれたあるデータを記憶させ遺伝化したものが、科学的根拠にもとづく説明では不可侵な領域に達する奇現象における精神からのストッパーなのである。
存在し得ないものはあってはならない。科学とは常にそういった狭い領域の中で物事を測りとっているものだ。だから、そうして世界を形式化して見る以上はどうしても我々人類は盲目にならざるを得ない―――――これは非常に誤った考え方である――――本書を学ぶ上で最も捨て去らなくてはならない忌むべき思考である―――まずそれを理解してもらいたい――しかし、世界は不変ではない。絶えず変動する。特に、それ自体を目的とする生命の進化においては必ず言えることだ――平凡で盲目な人間たちの脳内の一部が、ある一定の領域に達した時、それこそ世界は変貌を迎える。その時に見える世界の有様、その変容振りに適応できる人間が果たして現世に存在しえるのだろうか?答えはノーである。しかし、限りなくゼロに近い値、とだけ言っておくことは出来る。なぜなら、あって存在しえぬもの――それこそが我々一生命としての人類の目指す進化そのものだからである――。
もはや…化学は、未知を知る手がかりではなくなってしまったようだ。
ここからが本当の意味での進化である。
神の庭である世界は開拓され、切り開かれる。
ああ、その先にどんな道が待っていようとも、道は開かれるだろう。
今こそ、我々が立ち上がるべき時なのである。
我々、wizardである人間として

――――ある囚人研究者による、『謎に満ちた研究』、序章

ペラ…

ペラ…

「何だコレ」

      

   時は変わって、現代。

秋の夜道を、風がそよいでいた。

――と、言うにしては、えらく寒い土地でもある。辺りは霜で覆われ、静寂に包まれた夜空からは、小さな雪が降り注いでいる。
黒いマフラー一筋に茶褐色のコートを羽織い、少年は一人、繁華街の方へと向かう。
帰宅途中のバスに乗り遅れぬように、今日はいつもより少し、慌てている――はずだったのだが。

  「いっけね、もうこんな時間っ」

少年が持っているものは、偶然見つけた、一冊の本。それを握り締め、少年はバス停へ走る。――いけねー、つい見入ってしまった。あの不可解な文章の中には、自分を特別魅了する何かがある。まてまて、間違いない。これが俺の捜し求めていたものだったのだ――
少年は心の中でつぶやき、右手拳を強く握り締めた。興奮を抑えきれないまま、あれやこれやと頭の中で想像を膨らましていくうちに次第にはバスに遅れる事などはほとんど忘れ、気にも留めなくなるほど夢心になって走っていた。
そこへ降りこめる雪が行く手を阻み、少年を現実に引き戻す――うおっ、後一分で乗り遅れそうだ!――
しかし

  「うぉー・・・今日は実に良い満月だな・・」

少年は、今日もこうして暢気に月を見上げてみては感嘆するのであった。
こうして見上げていると、月には、何か特別な力がはたらいているように思えてくる。とても、とても神秘的な力が――

―――霧がかった街路地を、夜の光が照らしていた。辺りには街灯も立ち並んではいるが、とは言えどれもろくについてもくれないのだった。モダンな風景とはかけはなれ――、しかし歴史というか、人の営みを感じさせるへんぴな土地――人間の文明支配が遅れた町、とでも呼べるのだろうか――建物の多い繁華街は別として、此処のへんぴっぷりには常軌を逸するものがある。

しかし、おかげで一際目立つ明るくて綺麗な月が見える町、ここ美沙希町が少年は好きだった。

  「…… ってうおっ、バス行っちまうっ」

    ただ、その時は。 

その時は少年は気づこうとしなかっただけなのだ。

如何に、月光が眩しく夜空を照らそうとも。

如何にそれが、今にも真紅の色をたたえ、禍々しい姿に変容しようとしていようとも。

草も、木も、石も、山も、河川さえも

あらゆる色を称え、世界は、変貌する。

時にそれは、凄絶ですらある。

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